NOVEL-LIFE

第3話「日常の中にある違和感」

「楠さんは、いつもお昼どうしてるの?」

10月も半ばになる週明けの月曜日。もうじき午前中の業務を終えようという時、美也子の隣の席に座っている大隅麻理子が突然美也子に話を振ってきた。

麻理子は美也子より年上の30代半ばの女性で、ふんわりとした柔らかい雰囲気を漂わせている。

麻理子は、ニコニコと笑顔を向けながら話を続けた。

「いきなりごめんね。今日お昼どうしようかなって考えてたら、ふと楠さんどうしてるのかなって思って。いつも買ってきてるの?」

「ええ、買ってくることもありますけど、たいてい外に行ってます」

「どこに食べに行ってるの?」

「日によってカフェに入ったり、お蕎麦屋さん行ったり……」

「へえー! お蕎麦屋さんってどこのお店?」

美也子が終いまで言い終わるより先に、蕎麦に興味を持ったらしい麻理子が尋ねた。

「お店の名前は覚えてないんですけど。ビルを出てすぐの交差点を渡って、坂を上がったところにある……」

そこまで言いかけると、思い当たる店があったらしい麻理子が言った。

「ああ! あの個人でやってる店? そこ私行ったことないんだよね。美味しかった?」

麻理子はそう無邪気に尋ねた。

「……ええ」

「そうなんだ! ありがとう、今度行ってみるね」

美也子が答えると、麻理子は満足そうに笑顔でそう返した。

「トゥルルル」

すると、そこで麻理子の席にちょうどコールが入ってくる。

「あ、電話きた」

そうつぶやいた後、麻理子が電話が応答して対応し始めた。

美也子も自分の仕事に戻りつつも、頭の中にはさっきの会話がまだ残っていた。

(あれ……? 個人でやってるお店……? ……行ったことがない……?)

美也子の頭の中には何となく引っ掛かるものがあった。麻理子は納得しているようだったが、実際には会話はまったく噛み合っていないような気がする。そんな不安が美也子の心を覆っていた。

それから少しすると12時になり、センター内のスタッフはぞろぞろとフロアを出始めた。

一般的なコールセンターは休憩時間をずらして取ることが多いが、美也子の職場の顧客は法人のため、スタッフの大半は12時から昼食に出ている。

とはいえ、12時代は飲食店は混むことが多い。12時と決まっているものは仕方がないが、時間がずれたほうがありがたいとも美也子は内心思っていた。

美也子はエレベーターで1階に降りると、ビルの外に出る。

オフィス街に立地しているこのビルの周辺には飲食店が多い。お店の選択肢はそこそこあるのが幸いだった。

美也子は歩きながらどこに行くかを決めることにして、とりあえず交差点を渡り、まっすぐ歩を進める。

すると、途中でふとあるお店が目に留まり、足を止めた。

(あれ?)

軒先にのれんが掛かった小さな店がそこにあった。

店の前にあるメニューを見ると、そこは蕎麦屋のようだ。美也子は、ここに蕎麦屋があったことに初めて気が付いた。

(そうか!)

美也子には、さっき麻理子との会話で感じた違和感が何か、今になって分かった。

(さっき大隅さんが言ってたのはこの店のことだったんだ……。確かにいかにも個人でやってそうなお店だけど……)

美也子がいつも行っている蕎麦屋は、まったく別の店だった。それはここから少し先の坂道を上がったところにある。

店の規模としては、そちらのほうがずっと大きい。店の入口に目立つ大きなのれんが掛かっていて、その蕎麦屋の存在を知っている人は多いはずだった。だが、麻理子は美也子との会話で、この小さな蕎麦屋のほうが思い浮かび、そこを美也子の行きつけだと思ったのだ。

(坂を上がったところって言ったのになあ……)

美也子の心はモヤモヤとしていた。

早合点したのは麻理子のほうとはいえ、美也子は自分が行ったことのない店のことを『美味しかった』と言ったことになっているのだ。

(これじゃあ嘘を言ったようで、何となく嫌だな……)

そう思った美也子は、その蕎麦屋に入ってみることにして、扉を開ける。

「いらっしゃいませー。お好きな席どうぞー」

美也子が店内に入ると、中年の女性店員が店の奥からこう声を掛けた。

美也子は店内を見渡してみる。テーブル席が数席しかない店内に、お客は二組だけだった。この時間にもかかわらず、かなり空いているようだ。

美也子は適当な席を選んで椅子に座ると、メニューを開く。

「お決まりですかー?」

奥からお茶を持ってきた店員が、テーブルにお茶を置きながら尋ねてくる。

「山かけ蕎麦お願いします」

「はーい。山かけですねー。少しお待ちくださいねー」

店員はそう言うと厨房に注文を伝えに行く。

美也子は再び店内の様子を眺めた。広くはない店内に、男性の一人客と中年のカップル、そして美也子しか客がいない。これだけ空いていれば、料理が出来上がるのも早いだろうか。休憩時間は1時間と決まっているので、早めに料理を出してもらえればありがたい。そういう意味では、この店は穴場と言えそうだ。

とはいえ、この店はなぜこんなに空いているのだろう? あまり目立たないからだろうか。現に美也子は、店の前をよく通り掛かるにもかかわらず、存在に今まで気が付かなかったくらいだ。

「はい、山かけ蕎麦お待たせしましたー」

そんなことを考えていると、蕎麦が出てくる。やはり料理が出てくるのは早い。

さっそく美也子は蕎麦を食べ始める。

(こ、これは……。美味しくない……かも……)

蕎麦を口にした美也子は瞬間でそう思った。麺は柔らかすぎてコシがなく、つゆは味が薄過ぎる。お世辞にも美味しいとはいえない代物だ。これは明らかな手抜き料理ではないかと疑いたくなるほどである。

これでよく商売をしているなあと、美也子は思わず変なところに感心した。

(何だ。店が空いているのは目立たないからじゃなくて、美味しくないからか)

美也子はがっかりしつつも納得した。

とはいえ、意図せずして麻理子にこの店を美味しいと言ったことになってしまったために、後味が悪いことには違いない。

そして、予想した通りに会話が噛み合っていなかったことを思い出しながら、美也子は心の中が無性にモヤモヤとざわつくのを感じていた。

この小説を書いた人

柴門 依里(さいもん えり)というペンネームで小説を発信、Web作家としても活動しているブロガー。「自分らしさを活かした豊かな生き方を実現する」ことをテーマにしたブログでの情報発信、小説作品を執筆中。

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柴門 依里の作品

コンプレックスや自信の無さ、過去の思い出。

ネガティブな思いに振り回されながら自分らしい生き方を模索する現代女性を主人公に、心理的な変化や成長を描いた物語。

「不器用でも、いつも自分に正直でいたい」

そんな願いを持つ女性たちにお届けしたいストーリーです。