NOVEL-LIFE

第4話「繰り返される出来事」

「720円になりまーす」

蕎麦屋の店員が伝票を見ながらレジを打つ。

味は悪くても値段は普通だな……と内心ぼやきつつも、美也子は財布から千円札を取り出しトレーに置いた。

「はーい、280円のお返しです。ありがとうございましたー」

受け取った釣り銭を財布にしまいながら、美也子は引き戸を開けて店を出る。

店の外に出ると、当然ながらそこにはいつも歩いている通りがあった。緩い坂道と道沿いにある家屋や商店。だが、いつもと変わらないはずのその風景が普段よりもくっきりとして感じられる。そして、通りを前に立っているだけで、ひんやりとした秋の空気が肌を撫で、妙に心地良い。

この変化に、美也子は一瞬『あれ?』と思った。

特に意識はしていなかったが、商売をする気があるのか分からない料理と店員のマニュアル的な働きぶりを目の当たりにして、気分が閉塞していたのだろうか。それほど長い時間店内にいた訳でもないのに。

だが、それも無理はないのかもしれない。一通り平らげはしたものの、出された蕎麦は美味しいとは思える代物ではなかった。飲食店であれほどやる気のない料理を味わうことは、誰しもめったにないことだろう。

ある意味でそれは『レアな出来事』と呼べるだろうが、それをネタにして笑い話にするような器用さを持ち合わせていない美也子には、とても喜べはしなかった。

――せっかくの昼休みも、口に合わない蕎麦のために台無しだ。

そんな思いに苛まれた美也子は、まだ時間には余裕はあるものの、このままオフィスに戻ることにして坂を下り始めた。

12時55分。センター内の掛け時計は、ピッタリ13時5分前を指していた。

まだ休憩時間が終わるまで5分ある。だが、美也子はすでに自席に着き、パソコンで仕事の資料を開いて眺めていた。

といっても、資料を眺めているのは、ただのポーズに過ぎない。実際には、パソコンの画面を見ながらぼんやりと考え事をしているだけである。

美也子の頭の中にあるのは、仕事のことではなく、ついさっき起きた休憩中の出来事だった。それは、午前中の麻理子との会話のすれ違いがきっかけとなって遭遇した出来事だったが、似たような会話の齟齬は割とよくあることなのだ。

――またか……。

美也子の心はモヤモヤとしていた。

一見すると、どうでも良いような小さな会話の齟齬。そして、それを起点にして何かが少しずつずれ始めていく展開。表面上はうまく流れているようでも、何かがおかしい。

だが、それは、たとえばいつも時刻表通りに地下鉄が走っているのと同じような自然さと当然さで、美也子の日常生活の中に存在していた。

『塵も積もれば山となる』。そうことわßざにもあるように、その小さな出来事の一つ一つは今や見過ごすことのできないものとして、美也子の心に影を落としている。

この行き違いはなぜ起こるのだろうか? いつものことながら、美也子はいい加減うんざりしていた。

その疑問は、ぐるぐると黒い渦を巻いて心の中を巡り、次第に美也子の心を靄がかかったようにどんよりと曇らせていく。

だが、美也子の心が沈んでいる間にも、時間は過ぎ、現実は動いていた。

「トゥルルル」

そうしている間に、いつの間にか時刻は13時をまわり、さっそく電話が入ってくる。

美也子は重い心を振り切るようにして、コールに応答し対応を始めた。

この小説を書いた人

柴門 依里(さいもん えり)というペンネームで小説を発信、Web作家としても活動しているブロガー。「自分らしさを活かした豊かな生き方を実現する」ことをテーマにしたブログでの情報発信、小説作品を執筆中。

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柴門 依里の作品

コンプレックスや自信の無さ、過去の思い出。

ネガティブな思いに振り回されながら自分らしい生き方を模索する現代女性を主人公に、心理的な変化や成長を描いた物語。

「不器用でも、いつも自分に正直でいたい」

そんな願いを持つ女性たちにお届けしたいストーリーです。