NOVEL-LIFE

メンタルタイムトラベルの体験がもたらしたもの【記憶と結びついた音楽-後編-】

※この記事は、「記憶と結びついた音楽-前編-」の続きです。まだ読んでいない方は、まずは前編をお読みください。

それはオフィスワークから離れて数年後、フリーランスも5年目に差し掛かった頃のことだった。

当時、私はある意味での岐路に立たされていた。

その前年にあたる4年目は、月間30万を超えるPVを出すなどブログ運営で大きな結果を残せたものの、検索エンジンのアップデートなどブログ運営のリスクも大きく痛感した時期で、今後の活動の方向性を考えあぐねていたのである。

また、プライベートでもいくつかの悩み事や負担が重なり、疲弊している時期だった。

そんなある日、以前通勤時などによく聴いていた楽曲がふいに聴きたくなり、私は音楽配信サイトに登録する。

以前はCDを持っていて、それを当時使っていたAndroidのスマートフォンに移して聴いていたが、それらはとうにすべて処分してしまっており、手元には残っていなかったのだ。

だから、それらの曲を聴くのは本当に久しぶりで、4年ぶりくらいの再会となった。

音楽配信サイトから曲を再生してみると、懐かしさとともに当時聴いていた時と同じような心地よさで心に響いてくる。

しかし、驚いたのは、それと同時に当時その曲を聴いていた時の状況が頭の中にありありと浮かんできたことだ。

もう随分と思い出すこともなかった何年も前の記憶が、音楽と合わせて走馬灯のように頭の中を巡っているのである。

それは「過去を追体験したようにリアルさ」を伴っており、ちょっとした衝撃を私に与えた。

駅前の交差点で信号待ちをする私、夕方の雑踏の中を自宅への道を歩き帰途に着く時の風景……など、何でもない普段の日常の一場面が音楽とともに蘇ってくる。

映画の一コマを眺めるようにその記憶の流れを追っていると、「そうそう、そんなこともあったなあ」と懐かしさと軽い郷愁を覚えた。

しかし、郷愁などというレベルを超えて、過去の記憶が蘇ることで衝撃を受けた曲が一つある。

職場までの通勤路を歩く時にいつも聴いていた曲だ。

同じ場所で同じ曲をいつも聴いていたせいか、この曲を数年ぶりに聴いた時には、実際に当時の自分と重なり合っているかのような感覚に陥るほど、リアルに過去の記憶が蘇ってきたのである。

曲を聴きながら、目に映っていた風景、肌で感じた空気などが、細かいところまで当時のそのままの状態で再生されていく。

――耳に流れる音楽のリズミカルな曲調とともに、私は淡々と歩いている。

――歩きながら、いつも見ている通勤路の風景が目に映っては通り過ぎていく。

――季節は冬で空気は冷たいが、晴れた冬の朝の澄んだ空気が気持ち良い。

――歩きながらふと見上げると青空がすがすがしく目に映る。青い空の爽やかさは、まるで憂鬱な心を明るく塗り替えてくれるように心に染み渡っていく……。

そんな風に、それは「思い出」というような楽しい記憶でもなく、ただ駅から会社までの道のりを歩く時の地味な記憶だ。こんなことでもなければ取り立てて思い出すこともなかっただろう。

だが、その「何ということもない」はずの記憶は、意外にも、私の心にある種の衝撃を与えた。

何年も前の通勤路での一連の記憶が蘇ってくると、私の目には思いがけず涙が溢れてきているのだ。

リアルに過去の記憶が蘇ったことで、私はその当時の自分と再会を果たしたが、その私は、特に何か名誉のある状況にあった訳でもなく、幸せに満ちあふれていた訳でもない。ただつらい毎日を淡々と乗り切っているだけだ。

だが、私には、そんな当時の自分がどこか誇らしく、愛しく感じられたのである。

そして、「こんなところで立ち止まることはない。まだ出来ることはたくさんあるはずだ」と、わずかながらに闘志が湧いてくる。

その出来事は、フリーランスになって5年目を迎えても、未だ悩みの最中にいる私にとって、結果的に力強い励みとなった。

しばらくして、私がこの時体験した「音楽を聴くことでその曲と紐付いた記憶が蘇る」という現象は、世の中では「メンタルタイムトラベル」と言われているものだと分かる。それは、まさに記憶だけがタイムトラベルしたような、不思議な体験だった。

現代では、音楽はあちこちに溢れ、楽しさや喜びや悲しさなど、いろいろな感情に寄り添い、大勢の人の心を豊かにし、さまざまな場面で日常を彩っている。

しかし、世の中に名曲はたくさんあるとはいえ、日常生活と結びついた思い入れのある音楽があってこそ、メンタルタイムトラベルがもたらされるのだろう。

そうすると、今回の出来事は、過去の大好きだった一曲がつなげてくれた日常の小さな奇跡と言えるかもしれない。

そして、その奇跡は、それから一年が過ぎた今の私にとっても励みとなっている。

今私は、ちょっとした感謝の気持ちとともにその奇跡を振り返り、これからもフリーランスの荒波に立ち向かいながら、目指すところに向かっていこうと小さく決意するのだった。

※このエッセイは、以前別のブログ・サイトで他の筆名で公開していたものを一部修正・追記して再公開したものです。

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