NOVEL-LIFE

「身の回りの物が次々に壊れる」出来事が教えてくれたこと

私は少し前に、短期間で電気製品が3つ壊れるという経験をした。

立て続けに電気製品が壊れるというだけでもめずらしいことだが、何より驚いたのが、壊れた電気製品のうち2つは、ちょうど買ってから1年経った辺りで壊れたということだった。

つまり、ご丁寧なことに、ちょうど「保証期間が過ぎたばかりの時期」に壊れたのである。

しかも、壊れた電気製品の一つは人気メーカーの冷蔵庫だったので、ショックは大きかった。

冷蔵庫なら、普通は5〜10年くらい使えるのではないだろうか? 冷蔵庫が1年で壊れるなどという話は聞いたことがない。しかも保証期間が過ぎたばかりとは……。何とも言えないタイミングである。

また、買って1年で壊れた電気製品のもう一つは家庭用の小さな複合機だったが、こちらの壊れ方はもっと嫌なタイミングだった。保証期間を過ぎたばかりというだけでなく、ちょうどインクを新調して、古いものと交換した直後に使えなくなったのである。

インクを交換し、印刷テストは問題なく完了した。「よし、これでいつでも印刷ができる!」と思ったのも束の間、その翌日、いざ必要な書類を印刷しようとしたら、用紙が送られなくなったのである。前日までは普通に使えていたのに、だ。

その時、急いでプリントアウトしたいものがあった私は焦った。説明書やネットで調べながらいくつか対処法を試したり、サポートセンターに問い合わせたりしてみたが、結果はまったく変わらなかった。

これにはさすがにがっくりとした。これほど見計らったかのようにおかしなタイミングでいきなり壊れるとは。一体どうしたことかと。

買ってまだ1年の冷蔵庫が、ある時期を堺に冷えなくなり使えなくなる。同じように買って一年のプリンタがインクを交換した直後に使えなくなる。もしかすると、これは高額な修理費を稼ぐための家電メーカーの陰謀ではないだろうかと疑いたくなるほどだった。

だが、おかしな現象はそれだけではない。

時期を同じくして、電気製品以外にも買ってから1〜2年ほどで壊れるものが頻出しており、それにも何となく納得いかないような、変な気持ちを抱いていたのだ。

しかし、そんな被害妄想と不満と怒りが混ざったようなモヤモヤとする感情を抑えながら、「これはどう受け止めればいいのだろう」と、私はネットでこの現象について調べてみた。すると、「電気製品や物が立て続けに壊れるのには意味がある」という記事をいくつか見つけた。

それによると、物が壊れるのは「人生の転換期」「運気の上昇」を示しているなど、総じてポジティブに受け取れる解釈が説明されていたが、その中に「オーバーワーク」という言葉があり、それに私は引っかかるものを感じた。つまり、「自分に負担が掛かっていること、無理をしている状態だということを、物が壊れることで知らせてくれている」というのである。

あまり認めたくはないものの、「それは一理あるかもしれない」と思ったのだ。

なぜなら、プリンタや冷蔵庫が壊れた時期は、ストレスや疲れが溜まっていながら、いくつものことを同時並行で行ってイライラしてばかりいたからである。「悪いオーラを発している」とか「ストレスで殺気立っている」とか、そんな言葉に自分で納得してしまうような状態だったのだ。

物が壊れる現象はポジティブな意味にも受け取れるのだろうが、自分の疲れやストレスが身の回りの物が壊れることに影響したのかもしれないと思うと気持ちは暗くなった。もう散々な状態だ。

しかし、その後も私は暗い気持ちで過ごしたのかというと……、そんなことはなかった。

暗い気持ちに浸る状態は一時的なもので済んだのだ。

なぜかというと、これらの物が壊れて使えなくなることで、ある意味で状況が良い方向に進んでいったからである。

当然といえば当然だが、壊れた物の一部は、元の物よりも機能性やデザインが良い物を見つけて新調したので、以前よりももっと快適に生活できるようになった。そして、冷蔵庫が使えなくなってから自炊の機会を減らしたため、家事の負担が軽くなり生活にゆとりができたのである。

壊れたものはほとんど新調したけれど、あまりにも嫌なタイミングで壊れた冷蔵庫やプリンタはすぐに買い換える気にはならなかったので、とりあえず食事は常温保存できる食材を中心に使い、印刷はネットプリントなどを利用して済ますようにしたのだ。

意外にも、冷蔵庫が使えなくなっても思ったほど不便には感じなかった。むしろ、「あれ? 何で今まで冷蔵庫使っていたんだろう……」と狐につままれていたかのように思ってしまうこともあるほど、問題は生じていない。

とはいえ、これから夏に向けてどうするかはまだ分からないが、冷蔵庫がない生活も良いかもしれないと思いかけている。

冷蔵庫はもちろんあったほうが便利には違いないだろう。しかし、何が生活に必要かは、先入観で決めるものでもないのだと思った。

つまり、冷蔵庫がなくても生活はできないことはないにもかかわらず、「冷蔵庫は必需品」と頭から思っていたなら、冷蔵庫がある生活しか考えられなくなってしまうものだ。

今回のことで、私は「今のやり方をにこだわらなくても、もっと良い方法があるよ!」と気付かせてもらったように思っている。やはり、おかしな出来事には、ちゃんと意味があるのだ。

そして、いろいろと無駄なことに時間とエネルギーを使っていたのだと分かり、生活を見直すきっかけになった。

忙しい時、やりたいことがある時ほど、時間を大事にしなければいけない。何に時間を使うのか、身の回りに何を置くのか、それはその時々に合ったやり方を選んでいくことが大切なのだ。

私は今、暗いトンネルから明るみに出たかのような気持ちで、この出来事を過去のこととして振り返りながら、そんな風に思っている。